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(1)ガウディ


ガウディは、今日スペインを代表するのみならず、世界建築史上最も特筆すべき建築家の一人ではないでしょうか。1852年タラゴナ県レウス市に貧しい鍛冶職人の子として生まれたガウディは、幼少の頃から家業で金属を自由自在に駆使して窓枠や門を作るのを見ながら、建築に興味を抱くようになりました。21歳からアルバイトで家計の窮状を助けながらバルセロナで建築の勉強を始め、建築家の助手として地味で長い下積みの時期を送りました。しかしながらガウディほどその多くの作品によって当地の文化の高さと特異性を雄弁に語る天才は他にはいないでしょう。以下はその主要なものの一部です。


聖家族贖罪教会:サグラダファミリア(Temple Expiatori de la SAGRADA FAMILIA)

C/.Mallorca, 403

ガウディ(1852~1926)の代表作として,またバルセロナのシンボルとして世界的に知られる同教会は、1882年建築家ビリャールの指揮により着工され、翌83年当時30歳のガウディがこれを継承したものです。「キリスト生誕の門」をはじめ、いわゆる圧巻部分が彼によって作られたため、”ガウディのサグラダファミリア”となっていますが、実際には彼は全体を網羅する仔細な設計図を残しておらず、むしろ先駆者の残していった部分から時代ごとの作家が独自にメッセージを読みとり、それを新たに付け加えていくと言った方が良いでしょう。たとえば初代建築家ビリャールが手がけた地下礼拝堂は全くの古典的ゴシック様式であり、また「キリスト受難の門」は彫刻家スビラックスによる前衛的彫刻群となっています。日本からも彫刻家外尾悦郎氏が生誕の門の修復等において活躍されています。こうした関係者らの貢献によって、1999年には170メートルに及ぶ中央の尖塔群の建設着手にいたり、あと200年とも300年もかかると言われていた全体の完成は、今や40年後とはるかに早まっているそうです。



グエル公園 (Parc GUELL)

市北部の丘陵に位置する当公園の名は、繊維業で潤った大富豪グエル(カタルーニャ語ではグエイ)が、1890年、この地に60戸の宅地造成等を盛り込んだイギリス風の庭園住宅都市開発を開始したことに由来しています。グエル伯爵はガウディのパトロンとして従来より資金提供を惜しむことはなかったのですが、工事は思うように進行せず資金難も深刻を極めたため、1914年には工事を中断、やがて建設地全体を公共公園とするべく市に寄贈してしまいました。中央広場(ギリシャ劇場と呼ばれる)の、人体から断面のかたちが決められたというタイルのベンチ、その下方中央階段の愛らしいドラゴンのオブジェがことに有名ですが、それらを含め公園全体を包み込むのは、破砕タイル技法に見られるような独特の曲面建築の理念でしょう。ガウディは自然に近い形状と質感(自然主義)を旨としつつ、他方では常に放物線形を基礎に非常に緻密な計算を施したとされています。



カサ・ミラ (Casa MILA/ La PEDRERA)

Pg. de Gracia, 92

バルセロナの目抜き通りにその異様を呈する同建築は、繊維会社を経営し国会議員でもあったミラ家の依頼により建設されたためこの名称を拝しています。別名ラ・ペドレラ(石切場)とも呼ばれ、石でできた「山」をイメージしています。特徴として、当時としては画期的な馬車用の地下駐車ホールを有し、また屋上にイスラム建築を想起させる列柱群を戴いていることがあげられます。現在は地元銀行カイシャ・ダ・カタルーニャの所有下にあり、各部屋が貸しオフィス等として利用されているほか、同銀行の文化基金事業として、最上階がガウディ博物館として一般に開かれています。



カサ・バトリョ (Casa BATLLO)

Pg. de Gracia, 43

上述カサ・ミラと同じ通りにその妖を競うカサ・バトリョ(正しい発音は《バッリョー》に近い)は、やはり繊維業界の有力ブルジョアであったバトリョ家が、1877年建築の同建物の増改築をガウディに依頼したものです。正面壁が青を基調に波打ち、また色とりどりに貼られたタイルや色ガラスから想像できるように、海をテーマとした自然主義の作品となっています。現在はキャンディーで有名なチュッパチャップス社(本社バルセロナ)がこれを所有しており、2階はパーティ会場を擁するコンベンションホールとして機能しています。 なお、隣にあるプッチ・イ・カダファルクの”カサ・アマトリェール(Casa Amatler)”も有名です。

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